《内 容》
・・・子供と、向き合ってきてるだけじゃダメだな、っていうのはちょっと感じ・・・、もうちょっと全体像を見て行くとか・・・、え~、豊かになりすぎたのか・・・、
もう一つ思ってるのは、自然と離れて行っちゃった、というね、もうちょっと子供達は自然の中で遊んでたと思うけど、今、自然の中で遊んでる子っていうのは、あんまり見うけられないですね・・・、
え~と、去年でしたか、岡山へ行って、随分、岡山の奥の方の田舎の方だったんですけど、こんなに良い遊び場所があるのにって・・・、昔なら私なんか小さい頃は、そういうとこで遊んでたんですが・・・、人っ子一人いないんですね、広い野原であったりとか、田んぼの中であったりとかね・・・、
昔はこういうところでこの、何かしら遊んでたのに、全然いないというね、じゃあそれは、都会だけの問題ではなく、地方に行ってもこういう状態・・・、なんだな、っていうのが、あの~、分かったんですけど・・・、
もう一度、自然と一つになったりとか、う~ん、遊ぶ場、遊べる場っていう事も考えて行く必要があるかな・・・、それは結局あの~、子供は、遊びも勉強も、勉強なんですよね・・・、
その~、畑の中で、え~、見聞きしたものが教材である訳ですよね・・・、理科であったり社会であったりとか、ただペーパー上での社会であったり理科・・・、これはもう机上だけの勉強で、意味があんまり成さないんじゃないかな・・・、
自然界の中で見た花であったり、虫であったり、昆虫が・・・あんなに沢山バッタが飛んでたのに、冬が来ると共に一匹もいなくなちゃった・・・、どこ行っちゃったんだろうとか、不思議体験とかね、森羅万象とか・・・、そういう、人間として・・・、生き物である人間として大切な分野が欠如しちゃっているかな、っていうのが非常に感じるんですね・・・、
それは、右脳教育、左脳教育・・・、以前の問題であって、人間として生きるというところの生活というところが欠如した上に、右脳だ左脳だっていう議論を並べても、意味を成さないんじゃないかな・・、って最近ちょっと、強く思っている訳なんですね・・・・、